ALC ビル 塗替え エレクトロレトロレトリック 誰何 忍者ブログ
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エレクトロレトロレトリック
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Title : 誰何
 午睡を妨げるのは何時も郵便配達夫の鳴らす警鈴で、飴色の部屋は蒸していた。
 父からの便りは大抵が短く、味も素っ気もない。盆には帰る、と、只だ其れだけを何時もの調子で今年も寄越した。
 窓の隙間から金魚売りの鳴らす風鈴がちりゝと忍び込み、赤白の鰭を翻す。天袋で猫が鳴く。一つ屋根の下に暮らし始めて大分に為るが、生憎と未だ顔を見たことが無い。父を迎えるのに何もないでは寂しかろう。水菓子でも買うかと思い立ち、散歩序でに家を出た。日捲りに拠れば今日は友引らしい。其れなら丁度、幽霊坂が近かろう。
 日暮れには太陽光線は一際明るく感ぜられるもので、普段なら目を遣らぬような処がやけに気懸りだ。空は水彩の如く滲み遠景は油彩の如くに厚い。家並みは素描である。其処彼処の影は墨を流したように濃く、入日に曳かれ傾いで見える。風に竹薮が障々と鳴り、土塀の連なりは途切れている。不自然な切れ目に急勾配の小路を認めれば、其処が幽霊坂であると知れた。
 坂には見知った按摩の影が有った。人と往き逢うとは珍しい。声を掛けてみると、大層驚かれた。ヤゝ、此れは申し訳有りません。白日夢を見ていたようで。否々、其れより如何しました。顔色が余り宜しく無いようで。ハア、盆には、色々と善からぬ来客も有りますでしょう。エゝ、エゝ。人の家の線香の煙を、勝手に嗅ぎに来るような……。先ずは関わらぬことで御座います。努々御注意なさいますよう……。按摩は何故か此処で訳有りの風で声を潜め、二言三言交わした後、上りと下りに別れた。
 夕暮刻の影帽子は長く伸び、何とは無しに振り返ると、私の影の頭の辺りを未だ按摩が掴んでいる。彼れは本当に見知った按摩なのだろうか。そもそも按摩は……深く考え始めると何かしら善からぬことが起こる気がする。坂を行きつ戻りつする背中を眺めている内に、何やら今にも按摩が踵を返す気がして、私は坂を下る足を速めた。
 坂を下り切ると、程無く金物屋の角に出る。大小の鍋が吊るされた軒は、其れ自体が使い込まれた鍋のような色をして、夕日の所為か暮色の彼れ是れが、生活の疲労を滲ませて見えた。
 父について覚えていることが有る。幼少の頃、家には猫が居たのだが、或る日其の猫が台所で鍋釜を引っ繰り返し、小さな釜を頭に被って、踊りを踊ったことが有る。私と母は其の様を見て、マア可愛らしい、見て御覧なさい、まるで盆踊りねえ、と喜んだが、父は一人何やら蒼白の形相で、慌てて其の釜を取り上げると、早ッ々と処分に出して仕舞った。其れ以来猫にもきつく当たるようになり、油断無い目つきで朝夕猫を見張り、度々訳も無く怒鳴りつけた。彼れは何だったのか、今以って謎である。其んなことをぼんやりと考えている内に商店街も半ばを過ぎ、程無く青果店に着いた。
 アラいらっしゃい。女将が気安く声を上げた。足が長らく遠のいている私は余り良い客とは言えないのだが、斯うして親しげに声を掛けられると嬉しく、町内の付き合いは真に財産である。軒先の赤やら緑やら黄色やらの色取り取りを眺めていると、夕方にも拘らず瑞々しい。漂う空気も甘く香り、財布の紐も緩むと言うものである。女将が人の心を読み、うちの品物は新鮮だから、と笑った。
 で、何にします。エゝ、然うですね、西瓜を……西瓜をひとつ。大玉の成るたけ甘いやつを。来客でも有りますか。来客、まあ、エゝト。父が、帰ってくるんですよ。アラ、お父上が。マア……其れは其れは……。
 誰何と申しまして、失礼。女給は私の手を取ると、手のひらにさらさらと指を走らせた。だれ、なに……、ハゝア、成る程、それで盆には西瓜ですか。盆には、色々と善からぬ来客も有りますでしょう……人の家の線香の煙を、勝手に嗅ぎに来るような……努々御注意なさいますよう……。
 女将は童女のようにフゝと笑うと、それでは御包み仕升ねと新聞紙を広げ、瞬く間に緑色の大玉を白黒に覆い、続いてビニヰル紐を取り出すと、するすると其れを巻きつけては掛け、巻きつけては掛けし、最後に天辺で確と括って此方に差し出した。何とも器用なものだ。
 帰りには金物屋の裏手は薮だった。竹の囲いの内は背の高い夏草で覆われ、湿っぽい闇が蟠っている。駅裏の停車場を過ぎて門前町を左に折れると、土塀の続く均らかな上りになる。枯れた水路を鼠が駆け、猫が続く。通りには行き交う人影も無く、蝉時雨もやけに遠い。遠くで烏が物憂げに啼いて、枇杷が腐るような宵が来る。
 家の前には街灯に照らされ、見覚えの有る影が立っていた。父だろうかと思い、呼ぼうとして、留まる。声を知らぬかもしれない。戸締りをした所で構わず天袋に寝床を作る猫を見れば、人とは何とも不自由だが、然りとて今更名を名乗り合う間柄でも無し、黙って敷居を跨げば良かろう。流しには良く研いだ包丁と卓上塩とは真に出来すぎで、二つに割ってみれば、何とも見事な出来栄えである。交わす言葉の一つも無い、他人行儀な夏も暮れる。
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