ALC ビル 塗替え エレクトロレトロレトリック お嬢さん 忍者ブログ
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エレクトロレトロレトリック
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Title : お嬢さん
 場内に灯りが戻ると、蘇芳色の絨毯と黒檀の座席が整然と列を成し、銀幕は無表情に白かった。
 誘導を案内する館内放送が流れ、私は其処に居たことに気が付いた。眠っていたらしい。
 人々の騒めきが流れていく。緩慢な仕草で周囲を見回していると、後ろから声を掛けられた。お嬢さんだった。
 お眠りになっていたのでしょう、と言われた。何故分かるのだろうと思っていると、上の空ですもの、とお嬢さんは笑った。
 お嬢さんは黒で纏めた落ち着いた佇まいで、光沢のある靴の良く磨かれた爪先が、劇場の豪奢な調度に似つかわしい。
 今日は洋装なのですね、と言うと、お嬢さんは目を伏せた。矢張り似合いませんか。綺麗に揃えた絹糸のような黒髪が揺れ、白い頬に薄く朱が差す。
 否、お綺麗ですよ。私は気も漫ろで、漸く其れだけ言うのが精一杯だった。と言うのもお嬢さんの胸元は意匠が大きく開いていて、如何しても其の豊かな膨らみに目が行き、到底直視出来ぬ有様なのだった。生来の男の性とは言え、私のお嬢さんへの秘めた思いは、清らかなもので在らねば為らない。形骸に捉われて本質を見失えば、お天道様に如何顔向けが出来よう。
 申し、如何為さいました。否、何でも在りません。処でお荷物が。嗚呼、得々、然うなのです。些か大荷物で。お嬢さんの隣の座席には百貨店の紙袋が三つ四つと、大小の箱が積まれている。見ていると頻りに箱を抱え直すので、思い切って、宜しければ持ちますが、と尋ねてみた処、否々、其んな、申し訳無いです。否、本当にご遠慮為さらず。其れでも申し訳ないですわ。其んなことは無いです。然うですか。其れではお言葉に甘えて。等々の問答を経て、私は両手に洋服の入った紙袋を下げ、帽子、靴、鞄、堆く積み上がった箱の塔を抱え上げる運びと為った。覚束ぬ足取りで出口へと向かい、声を頼りに蘇芳色を辿る。
 外はすっかり日暮れていて、黒々とした高層建築の連なりの背で空が燃えている。頻りに私の事を心配してくれるお嬢さんに善い処を見せようと、私は柄にも無く張り切っていた。
 駅前の繁華街を抜けて線路を越え、山手へと至る道中、他愛も無い話をした。お嬢さんと私は同級なので、幼馴染の話に花が咲いたように思う。
 誰某は運動が達者だった、誰某は算盤が善く出来た、等々……。私自身の話は何もせず終いだが、然れでもころころと笑うお嬢さんの顔を見ているだけで、何とも言えず幸せな気持ちだった。往来は暗く、鬱蒼と茂る八幡の森の輪郭が、夕日を遮っている。深い闇を背にお嬢さんの首が、やけに白々と浮かんでいる。
 有難う御座いました。其れでは此処で。門まで後少しという処で、不意に言われた。名残惜しかったが、無理を言うのも善くないと思い、お嬢さんがそう言うのならと、抱えていた大小の箱を渡して別れた。道程の内の幾らかだけでも、お嬢さんの荷物を肩代わり出来たことが、私にはこの上も無く幸福だった。
 満ち足りた帰路の途中、黒く大きな自動車が、朦朦と煙を吐き出して走っていくのに行き逢った。其れが何処へ向かっているのかを理解したとき、私は凡てを了解する。
 嗚呼。嗚呼。鏡のように磨かれた車体に映り込む男の影は酷く貧相でみすぼらしい。男であるというだけで、其れが何に為ろう。黒く塗りつぶされた泣き笑いの顔には、人目が無いことだけが救いだった。
太陽が沈み切ると辺りはいよいよ深い闇で、遠くに見える踏切の赤灯だけが、道標の様に私を導いている。
 本来は私など、必要ないのだ。誰に言われる迄も無く、疾うの昔に分かっていた。
 お嬢さんはとても美しく、優しい人で、誰にでも分け隔てなく、慈しみ深い。悲しい哉、其れが私には亦た酷く辛く、身の程を知らず身を焦がす恋慕に、彼我の不釣合いが心苦しいのだった。
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