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エレクトロレトロレトリック
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Title : 発条と心臓
 ぜんまいが壊れたから、神様が代わりに心をくださったの。祖母は私だけに、内緒で然う教えてくれた。昔はね おばあちゃん、お人形だったのよ。とってもきれいな、きれいなお人形……。私の手を握る祖母はそう呟くと眠るように目を閉じ、それっきり、もとの人形に戻ってしまった。
 あどけない少女の寝顔のままで、綺麗な箱にしまわれた祖母が、確かに人間であったことを、私は大人に成った今も、ずっと忘れずに覚えている。
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Title : 堀川心中
 花火問屋の角を折れるとご承知のように三条商店街であるのだが、如何したことか今日に限っては日暮れ間近の賑わい時だというのに人っ子一人、猫の子一匹居らぬ。青果が冴えない雁首を並べ、鮮魚もぽかんと口を開けている。揚げ物は湿り、惣菜は乾き、大根は漬かり、豆腐が泳ぎ、兎にも角にも、人目のない処では彼れも此れもが殊にだらしない。人間様が目を光らせているぞと四方を睨みつゝ無人の商店街を往けば、背後から忙しない足音がする。見れば近所の寺の小坊主が私を追い抜いていくところである。擦れ違い様にモシ、君、と声を掛けると、小坊主はちらと此方を見、私ですか、と弾む息で答えた。君です。何か有ったのですか。問うと、小坊主は速度を落とし、知らないのですか、心中ですよ心中、と言う。此処で云う心中とは心の有り様のことではなく、相対死にのことである。
 心中ですか、と言うと、エゝ、私は掃き掃除が済むまで出ては成らぬと住職様にきつく言われまして、住職様はもう往かれましたよ。ハア、念仏の一つも上げにですか。滅相もない、此れですよ此れ。小坊主が眉の高さで掌を水平に翳し、詰りが野次馬であろう。何とも下世話な住職である。もう良いですか、私は急ぐので。小坊主が其う言うので諾と告げると、大層嬉しそうな顔をして駆けて行ってしまった。アゝ、然う然う、商店の留守を物色して回るのは止してくださいね、等と捨て台詞を残すところが小憎らしい。私は留守中の売り物が怠けるのを親切にも戒めて回っていたのだと弁解したかったが、小坊主はもう豆粒である。李下に冠を正さずとは良く云ったもので、明日から私は三条界隈で盗人として名が知れるかもしれない。難儀なことだ。
 其れは然うとして、サテ心中である。堀川に着いてみれば、何やら黒山の人集りで、小坊主の話では随分前に広く知れ渡った話のようだったのに、未だに生き死には決着せぬらしい。堀川は石造りの疎水めいた造りで立ち並ぶ柳も相俟って景観は美しく、心中もさぞ様に成るであろう。見知った剃り跡も青い禿頭を目に留めれば、見えぬのかして必死に背伸びをしている。君、君、と声を掛けると、アゝ、先刻の空き巣狙いの人、などと物騒を言うので、噛んで含めるように売り物の怠惰を説き、結局のところ人間的信用だけでは解決に至れず、今斯うして肩車をしている次第である。
 坊主、良く見えるかね。エゝ、良うく見えます。然れで何が見えるかね。ハア、女が縊れて。なんと、女が。エゝ、可哀想に。で、何が如何成っているんです。エゝト、アノですね。男が泣きながら赤い紐で女を縊り殺しまして。其れを木から吊るそうとして奮闘して居るのですが、然れでもですね、何しろ柳でしょう。枝がしなって上がらぬのですよ。女は丁度梅干のような色をしていますよ。ホウ、梅干。エゝ、梅干です。男は大汗で縄を掛けては曳き、縄を掛けては曳き、泣いたり笑ったりですよ。人性とは真に哀れなもので……。言葉とは裏腹に小坊主の声色は嬉々として、アゝ、頑張れ、もう少し、もう少し、アゝア。あんまり上下に揺するから。なむあみだ、なむあみだ。心のこもらぬ経に、成る程、此れくらいの按配でなければ、日夜人の生き死にに関わる仏門は務まらぬのかと人を弔うということの職人性を見る思いで、川べりの心中は未だ成らず、しなる柳の枝も堪えかねて折れた。
 彼の世で吃と添い遂げる筈が死ぬに死なれず格好も付かぬとは、人の生き死にも笑い話で、何とも滑稽な見世物である。
Title : 檻の中
 久方振りに街に出てみると、電気鉄道は中津で折り返すという。車内放送を耳に窓の外を見れば駅舎南側に在る資材置き場が物々しく、十重二十重に鉄条網や廃材の囲いで覆われた一角が出来上がっていた。
 吊革に掴まり乍ら、同じく吊革に捕まる隣の話に耳を傾ければ、如何やら反社会的な思想を持つ人々の集会場が出来たらしく、成る程見てみれば幾つかの掘立小屋からは炊事の煙が上がり、襤褸を着た男女が引切り無しに行き来する。
 彼らは迫害されて此処まで落ち延びてきたと言う者も居れば、否々彼らは淀川の橋脚を爆破する気だ、確かに其う聞いたと言う者も居る。暴力的な一団とは言え人の子であり、聞き容れられぬ主張を押し通すための手段であるのだろう。善良な人々の暮らしを脅かして通る道理が有るものか、道理が通らぬから無理で押し通すのか、手段に理解は出来ぬにせよ、同情する可きか、恐怖する可きか、些か迷う。
 顔を見れば皆な誰もが穏やかで、何処にでも居るような男女の其れである。子供達も手毬をついたり追い駆け合いをしたり、犬猫も取り混ぜて生活が有る。其々に事情も有るのだろう。とは言え何が出来るでもなし、別の考え事を頭に巡らせかけた其の時であった。気が付けば、囲いの中に、一匹の大きな虎が居る。
 虎は悠然と囲いの中を歩き回り、中で暮らす人々も其れに気が付いているのかいないのか、全く気に留める風でもなく、皆な平常で己の仕事に精を出している。余りにも誰もが気に留めぬので、彼れはもしや飼われている虎なのかとも思う。だが、子供も居る中で、彼のような猛獣を野放しで良いのか。興味を惹かれて見ていると、突然虎が一人の男の腕に噛み付いた。すわ大惨事と私は息を飲んだが、男は特に取り乱すでもなく、平然と鼻唄など歌い乍ら農作業をし、虎も俣た平然と男の胴体、足、首、と次々と飲み込み、男は鍬を振るい乍ら虎の胃の中へと消えてしまった。
 その後も虎はうろうろと歩き回り続け、時折思い出したように足を止めては、女子供の境無く、次々と人間を食った。人々は相変わらず朗らかで、日常の細々した事柄を片付けている。虎の鋭利な牙が肉に食い込み、血が噴出し、臓腑が引き出されても、まるで見えていないようで、笑顔を絶やさず、世間話などし乍ら一人ずつ順番に虎の胃の中に消えた。
 何とも不思議な話だが、合理的な説明も思いつかない。眼前の光景に首を傾げる内に電気鉄道は来た方向へと折り返し、其の後の顛末は分からず終い、見たものを疑うわけでもないが、何が何やら、何とも腑に落ちぬ話である。
Title : 誰何
 午睡を妨げるのは何時も郵便配達夫の鳴らす警鈴で、飴色の部屋は蒸していた。
 父からの便りは大抵が短く、味も素っ気もない。盆には帰る、と、只だ其れだけを何時もの調子で今年も寄越した。
 窓の隙間から金魚売りの鳴らす風鈴がちりゝと忍び込み、赤白の鰭を翻す。天袋で猫が鳴く。一つ屋根の下に暮らし始めて大分に為るが、生憎と未だ顔を見たことが無い。父を迎えるのに何もないでは寂しかろう。水菓子でも買うかと思い立ち、散歩序でに家を出た。日捲りに拠れば今日は友引らしい。其れなら丁度、幽霊坂が近かろう。
 日暮れには太陽光線は一際明るく感ぜられるもので、普段なら目を遣らぬような処がやけに気懸りだ。空は水彩の如く滲み遠景は油彩の如くに厚い。家並みは素描である。其処彼処の影は墨を流したように濃く、入日に曳かれ傾いで見える。風に竹薮が障々と鳴り、土塀の連なりは途切れている。不自然な切れ目に急勾配の小路を認めれば、其処が幽霊坂であると知れた。
 坂には見知った按摩の影が有った。人と往き逢うとは珍しい。声を掛けてみると、大層驚かれた。ヤゝ、此れは申し訳有りません。白日夢を見ていたようで。否々、其れより如何しました。顔色が余り宜しく無いようで。ハア、盆には、色々と善からぬ来客も有りますでしょう。エゝ、エゝ。人の家の線香の煙を、勝手に嗅ぎに来るような……。先ずは関わらぬことで御座います。努々御注意なさいますよう……。按摩は何故か此処で訳有りの風で声を潜め、二言三言交わした後、上りと下りに別れた。
 夕暮刻の影帽子は長く伸び、何とは無しに振り返ると、私の影の頭の辺りを未だ按摩が掴んでいる。彼れは本当に見知った按摩なのだろうか。そもそも按摩は……深く考え始めると何かしら善からぬことが起こる気がする。坂を行きつ戻りつする背中を眺めている内に、何やら今にも按摩が踵を返す気がして、私は坂を下る足を速めた。
 坂を下り切ると、程無く金物屋の角に出る。大小の鍋が吊るされた軒は、其れ自体が使い込まれた鍋のような色をして、夕日の所為か暮色の彼れ是れが、生活の疲労を滲ませて見えた。
 父について覚えていることが有る。幼少の頃、家には猫が居たのだが、或る日其の猫が台所で鍋釜を引っ繰り返し、小さな釜を頭に被って、踊りを踊ったことが有る。私と母は其の様を見て、マア可愛らしい、見て御覧なさい、まるで盆踊りねえ、と喜んだが、父は一人何やら蒼白の形相で、慌てて其の釜を取り上げると、早ッ々と処分に出して仕舞った。其れ以来猫にもきつく当たるようになり、油断無い目つきで朝夕猫を見張り、度々訳も無く怒鳴りつけた。彼れは何だったのか、今以って謎である。其んなことをぼんやりと考えている内に商店街も半ばを過ぎ、程無く青果店に着いた。
 アラいらっしゃい。女将が気安く声を上げた。足が長らく遠のいている私は余り良い客とは言えないのだが、斯うして親しげに声を掛けられると嬉しく、町内の付き合いは真に財産である。軒先の赤やら緑やら黄色やらの色取り取りを眺めていると、夕方にも拘らず瑞々しい。漂う空気も甘く香り、財布の紐も緩むと言うものである。女将が人の心を読み、うちの品物は新鮮だから、と笑った。
 で、何にします。エゝ、然うですね、西瓜を……西瓜をひとつ。大玉の成るたけ甘いやつを。来客でも有りますか。来客、まあ、エゝト。父が、帰ってくるんですよ。アラ、お父上が。マア……其れは其れは……。
 誰何と申しまして、失礼。女給は私の手を取ると、手のひらにさらさらと指を走らせた。だれ、なに……、ハゝア、成る程、それで盆には西瓜ですか。盆には、色々と善からぬ来客も有りますでしょう……人の家の線香の煙を、勝手に嗅ぎに来るような……努々御注意なさいますよう……。
 女将は童女のようにフゝと笑うと、それでは御包み仕升ねと新聞紙を広げ、瞬く間に緑色の大玉を白黒に覆い、続いてビニヰル紐を取り出すと、するすると其れを巻きつけては掛け、巻きつけては掛けし、最後に天辺で確と括って此方に差し出した。何とも器用なものだ。
 帰りには金物屋の裏手は薮だった。竹の囲いの内は背の高い夏草で覆われ、湿っぽい闇が蟠っている。駅裏の停車場を過ぎて門前町を左に折れると、土塀の続く均らかな上りになる。枯れた水路を鼠が駆け、猫が続く。通りには行き交う人影も無く、蝉時雨もやけに遠い。遠くで烏が物憂げに啼いて、枇杷が腐るような宵が来る。
 家の前には街灯に照らされ、見覚えの有る影が立っていた。父だろうかと思い、呼ぼうとして、留まる。声を知らぬかもしれない。戸締りをした所で構わず天袋に寝床を作る猫を見れば、人とは何とも不自由だが、然りとて今更名を名乗り合う間柄でも無し、黙って敷居を跨げば良かろう。流しには良く研いだ包丁と卓上塩とは真に出来すぎで、二つに割ってみれば、何とも見事な出来栄えである。交わす言葉の一つも無い、他人行儀な夏も暮れる。
Title : 春画
 観音堂の脇にある路地に小さな書店が有った筈だが、何時の間にか店舗を畳んでしまっていた。池の畔の柳が立ち並ぶ一角のうらぶれた辺りに似つかわしい、煤けた書店であったのだが、如何せん経営者夫婦も高齢、私が子供の頃から爺さん婆さんをやっているような歳である。勘定する手つきも怪しく、事に依ると此れはぽっくり逝ったのかもしれない。閉ざされた硝子戸から中を伺っていると、何か御用ですか、と声を掛けられた。若い男である。
 イエ、別に私は何も、適当に濁して立ち去ろうとしたが、先方は如何やら私に見覚えがあるようで、若しやうちに良くいらして下さっていた方ですかと言う。私は彼に見覚えなど無いのだが、若しかすると老夫婦の息子、或いは孫ではあるまいか。何かしら腑に落ちた私は、お店は如何されたのですか、と問うてみた。すると男は、アゝ、店ですか、明日から新装開店致しますよ、宜しければ覗いて行って下さいな、と云う。私も断る理由も無いので、そうですか、と答え、導かれる侭に中に入った。其れが間違いだった。商売替えをしていたのである。
 中はと言えば驚く勿れ、未だ春には遠いと言うのに春爛漫の有り様で、あられもない姿の婦女の絵姿が艶かしい視線を投げ掛け、薄紅色の表紙には扇情的な文句が踊っている。春はももいろさくらいろ……観音堂の泉に浮かぶ……あめのうずめの夜の夢……。何処からか口上が聞こえてきて、私は目の遣り場に困り、酷く頭が痛んだ。私の後天的な性格的欠損、恐るべき人間的欠落、二律背反の機能障害、其の様々の色々の不具合が前頭葉に鈍い痛みを埋め込み、私の意識は混濁し、不統一の性本能は私を手酷く裏切るのだった。其れが私には酷く悲しく、俣た、物語とはいえ、蹂躙されて猶お笑みを浮かべる幼子の健気を思うと、其れは所詮は絵姿であるのだが、残酷な世の縮図を垣間見る心地で、人間が文化的に生きるとは如何言うことなのか、考えるだに憤りを覚えるのである。
 然れでも、誰でもが当然に遣っていることじゃあありませんか、と、紙の中の女が笑い、肌蹴た襦袢を直しもせず、私を見据えて言うのである。往来を行き交う彼の人も此の人も、老いも若きも男も女も、誰もが有り余る性本能を消化するために、夜毎夜毎……其の為に私どもが居ますのに、人間本来の醜さを覆い隠し、自分一人だけが高潔なふりをして、夜毎夜毎……駄目でしょう、其れは道理が通らぬでしょう。女の柔い白さに触れたいと、夜毎夜毎……誰よりも念じている癖に……。
 日本橋から越してきた店は、恐らく大層繁盛する。人間精神に蟠る底なし沼の如き性本能が、其れを保証するだろう。見覚えの有る書棚には、嘗ては沢山の文庫が並んでいて、私は読めぬ活字を繰る度、大人になった心地がしたものだ。今更に初心な振りをする訳ではないが、私の心は痛んでいる。降り止まぬ紙吹雪の如き春の押し売りに、私の何が分かると言うのか。春はももいろさくらいろ……観音堂の泉に浮かぶ……あめのうずめの夜の夢……。紙の女の歌声を背に、私は無言で店を後にした。
Title : 夜船
 明かりの灯らない平屋のバラックが何処迄も続く闇の濃淡の、草海原にも似た街並みの成れの果てを、たたんととん、たたんととん、二両編成の電気鉄道は往く。心寂しい律動が鼓動に同調し、寂しさに胸が絞り上げられるようである。乗客は男も女も一様に俯き、まるで彼の世にでも行くかのように湿っぽい。其の中で唯だ一人、逆さに野球帽を被った少年だけが、鏡のような窓に顔を近づけては、口を窄めたり、頬と目尻を引いてみたり、百面相を楽しみながら、一人けらけらと笑っている。
 何もない夜だった。何ひとつない、暗い昼間のような夜だった。其の夜を往く私もまた、何ひとつない夜のようだ。目的地も無く、只だ漫然と、次の乗り継ぎ駅を探すだけの旅だが、其の旅ももう終りである。
 電気鉄道が辿り着いた先は、夜の川縁に生い茂る葦原の中だった。
 車内放送がお馴染みの口上を読み上げ、私は下車の準備をする。網棚の新聞と、丸くなった猫が気懸りで、猫を持って降りると果たして窃盗罪に成るのか否か、其んな埒も無いことに考えを巡らせていると、程なく列車は車輪の回転を止めた。
 人波に混ざって列を成し、皆と足並みを揃えて往くことで、初めての土地でも改札を間違わぬのは、生きる知恵である。空っぽの改札に設えられた箱に切符を放り込み、皆の向かう方へと同じに足を向けた。
 駅の外には茶屋が在った。茶屋と言っても小汚い破屋で、橋の下の家の如き簡素な造作の掘立小屋であるが、其処には賑わいがあった。笑うことを忘れて果たして何れ位に成るだろう。もう随分長いこと笑っていない気がする。汚れた身形と言えども人々は楽しそうで、お囃子に乗せて下手な唄が聞こえる。
 桟橋に繋がれた船には、女達が居た。赤い提灯に墨で、わたしふね、と書かれている。渡し舟なら都合が善かろう。私は何の気なしに其方へと向かおうとしたが、子供に袖を引かれて呼び止められた。先程の、野球帽を逆さに被った少年である。
 坊や、如何したの、お母さんは一緒ではないの。其う問うてみると、少年は黙って渡し舟を指差した。調度其の舟は岸を離れ、暗い夜闇へと消えていくところであった。慌てて舟を呼び戻そうと私は駆け出したのだが、後ろから、やめておきなよ、もう聞こえないよ、と言われた。見れば老婆が何時の間にか居て、少年の肩を抱いている。
 ありゃあ中州の夜鷹さ。もう帰らない。帰らないのさ。老婆は其う言って笑い、夜鷹ってなあに、と少年も笑った。此の子の母親はね。此の子の為に捨てるのさ。此の子が此の先、生きるだけの、長い命を捨てるのさ。僅かな銭金と引き換えにね。然うして、然うして、骨と皮に成って、此んな婆に成っちまうのさ。
 返す言葉も見つからぬ私が懸命に何か言おうとしている内に、老婆は少年の手を曳いて、其の侭何処かへと消えてしまった。
 色町では、夜も、夢も、浅いと言う。生温かな風に乗せて、お囃子が葦の葉を揺らしている。
Title : おおはきり
 表が騒がしいので草履を突掛けて見に出てみると、垣根の脇で八の字を書くものが在る。
 善く善く目を凝らしてみれば、其れは真白な二羽の蜂鳥であった。恐らく番いであろう。大人の握り拳くらいの体躯が俊敏に羽根を震わせ、目にも留まらぬ速さで斜交いに舞うのである。其れは何とも摩訶不思議な光景で、生まれて此の方見た事の無い、動物界の神秘であった。私は暫し其れに見惚れ、阿呆のように口を開けていた。
 交尾ですな、日本では珍しい鳥です。声がして振り向くと、其処には恰幅の良い禿頭の紳士が立っていた。傘の柄のように曲がった杖を持っている辺りが紳士らしく格好が良い。身形も善く、肌理の細やかな銀糸で編まれた背広と、ぴかぴかに磨き上げられた革靴は私を気後れさせる程である。
 紳士が言う。蜂鳥の交尾を見たことが今迄にお有りですか。無論有る訳も無く、私が、否、まるで剣戟の如き火花を散らす有様ですねと答えると、紳士は、ほう成程、剣戟、貴方には其う見えますか、と笑った。では彼には如何見えるというのだろう。内心の疑念に心中で首を捻っていると、不意に門柱の鉢が倒れた。さつきの鉢である。アッ、いかん、私が受けに走るも時は遅く、鉢は勢い良く溝に頭を突っ込み、張り出した枝の大半は無残にも折れて終った。茫然自失の体で溝を覗き込むばかりの私に、不幸せは容赦が無い。背中と首に鋭い痛みが走ったのである。
 嗚呼っ、此れは。紳士が大声を出した。何事かと目を遣ると、紳士は此方を凝と見て、杖など疾うに捨て、あわわ、あわわと写影機を掌で躍らせている。何です、何の騒ぎです。問うと、紳士は口から泡を飛ばして言った。
 お、お、おおはきりですよ、お、おおはきり。おおはきり、何です其れは、と私が問うと、復た背中に鋭い痛みが走った。肩越しに振り向くと、何と其処には驚く勿れ、全身青色の鶏が私の一張羅を鉤裂きにし、巨大な羽根を悠然と羽叩かせ乍ら、背中に爪を食い込ませているのである。此の驚きは蜂鳥の比ではなかった。
 何です此れは。だからおおはきりですよ。申し遅れましたが私は斯う云う者です。差し出された名刺を見ると、鳥類博士なにがしと書かれている。先刻よりは滑舌が正常で、事に依るとおおはきりではなく、あおはきり、と言ったかもしれない。人間の聴覚器も発声器も中々に精度が怪しく、意思の正確な伝達は永遠の命題である。其れは兎も角、あおはきりならば、青羽切と書くのだろうか。成る程、其の方が腑に落ちるのだが、鳥類博士はと見れば、ぶるぶると震える手で写影機を構え、動かないで下さい、と大声を張り上げて喧しい。背中の青い鶏が人知の及ばぬ力で暴れるのは私の責任ではない。
 途方に暮れていると、何とも更に驚くべきことに、門柱の上のさつきの鉢植えの飾られていた場所、其処に二羽目のおおはきりが座って居るではないか。其の様が何ともふてぶてしく、酷く胸が悪い心地がする。
 視界の端では白い蜂鳥が未だに八の字を描いているし、鳥類博士は落ち着かない。鳥など心底から嫌いであると思えた。私の知らぬ遠い南方の地の、何処か密林の奥深くで、心行くまで遣って頂きたい。心から其う願うのだが、背中に食い込んだ爪は深く、背後では復た何やら鉢が壊れているのであった。
 夕餉には揚げ鳥を食した。
Title : 性向試験
 机の上には紙が有り、到底意図の汲み取れぬ点と線の羅列に限りなく近い活字の中に所々空白が在り、点線で丸く囲まれた空白が在る。
 檀上には恐持ての男が居て腕を組み、前後左右には私と同じような人間が並んで座って居り、気が付けば私は学徒であった。黒板の文字は薄くて読めないが、掛け時計ばかりがやけに気になる。
 男の、始め、の合図で皆は一斉に鉛筆を動かし始めた。如何やら説明書きに拠れば、点線を上手く撫沿れば良いらしい。私は慎重に慎重に鉛筆を動かしたが、如何にも手が震え、指が震え、線は歪み、彼方へふらふら此方へふらふら、力を籠め過ぎて何度も芯を折り、出来上がった代物は円とは凡そ呼べぬ不格好な多角形であった。
 と、其処へ先程の恐持てが遣って来て、私の書いた物を取り上げた。ははあ、是は。ほほう、成程。何やら厭な笑いを浮かべるや否や、私は髪の毛を曳き掴まれ、床に引き摺り倒された。男の楽しそうな視線が大層恐ろしく、亦た、此の突如見舞われた理不尽な暴力に為す術の無い己の無力に胃の腑がせり上がる心地がする。何をするのですかと問いたかったが、恐怖で気道が塞いで声に成らない。皆が私を見て笑っていて、其れも亦た恐ろしく、苦しく、吐気が込み上げる。尻餅を付いて倒れた態勢を何とか立て直そうとするのだが、床も指先も腕も柔らかで、蒟蒻で蒟蒻を抑え付ける様な按配である。呼吸が苦しく、次第に何が何やら分からなくなり始めた頃、男が言った。
 此の試験は、人間の潜在的な犯罪性向を焙り出す試薬に外ならず、見てみ給え、此の曲線の不均衡と不安定、逸脱、不連続、此の結果から鑑みるに、如何見ても君は、恐るべき女児性愛者の快楽殺人者なのだ。君のような人間に社会に居て貰っては甚だ都合が悪く、その破廉恥極まる性癖の怖ましさたるや蛆の集る死体を犯す死体性愛者よりも猶お性質が悪い。君の様な人間は誰に如何されようが、文句を言える筋合いではないのだ。
 唯だ線を引いただけで、其んな話の有るものか。私は身に覚えのない話に脳髄が震え、唯だ唯だ呆然とするばかりである。
 午後にはお嬢さんと待ち合わせが有った筈だが、心に浮かぶ噴水の有る喫茶店で珈琲の黒い水面を眺めているお嬢さんの姿は年端も行かぬ童の形で、其の悲しげな顔が何に拠るものか、考えるだに恐ろしく、私は私が分からなくなり、衆人環視の白昼に手酷く叩きのめされながら、昨日見た筈の白い日傘と帽子の似合う乙女の姿もやがて忘れ、沈黙の中で考えを止めて、次第に意識も朧に溶け、遂には白昼の影と変ずるのだった。
Title : 小田原
 聞けば静岡と小田原は一続きの土地らしく、二駅間はものの半刻で行き来出来るらしいのだが、其んな馬鹿な話も有るまい。私の想像の静岡小田原間は、深山幽谷に隔てられた悪地悪路である。
 半刻での行き来は無理であろうと私が云うと、では其の目で確かめて御覧なさい、と云うので、連れ立って新幹線に乗り込んだ。名も知らぬ女である。造作が整い愛らしい。
 新幹線で女給が売る弁当は大層美味で、驚くほど柔い透明な樹脂製の水筒に入ったお茶の熱いのが、俣た堪らない。温度の無い惣菜と米の、味の抜けたような枯れた味わい、其の侘しさが旅の醍醐味である。
 新幹線は野を駆け山を駆け、東へと一路直走る。もう直き静岡であると放送が言うので降りる支度をしていると、静岡の駅は何やら蛇のような湾曲の構造で、高架線路は歪である。其の中を矢張り蛇のように、否、蛇の体内を滑るように胃の腑に至ると、新幹線は静かに車輪を止めた。丸い鼻が印象的な、青い車両は格好が良い。
 さあ、急ぎましょう。と女が急かすので、何事かと思うと、今から徒歩にて小田原に往き、此の車両に追い付いて見せると云うのである。私は仰天した。静岡の町は白く均一化された壁と藁葺きの街で、軒を連ねる土産物屋には、用途の知れぬ細工が並んでいる。近代化を中途半端に諦めたような意匠の、悲しげな空気が胸に痛く、居た堪れない気持ちに成った私は、早く此処から離れたいと感じた。女に袖を引かれ、暗い隧道に入っていく。
 隋道を抜けると其処は林で、深い谷川に沿って山路が続いている。遠くに鉄橋が見え、其処を新幹線が通った。新幹線はのたりのたりと蛞蝓のようである。
 何故此のような事に成るのかと問うと、女は事も無げに云った。時間と空間の流れは一定ではなく、湾曲する川の内と外では流れの速さも違う。全ては認識に始まるものであり、世の理は一つではないと。正直なところ、私は其れを鵜呑みにする程愚かではない。然れでも、再び潜った隧道の先に猥雑な町並みが現れ、灰色に薄汚れた小田原駅の看板を目の当たりにすれば、最早疑う余地も無いのであった。女は悪戯っぽく此方を覗き込んで笑い、私は俯いて赤面するばかりだった。
 此の旅は此処で終わりである。
Title : 井戸
 駐車場の真ん中に井戸が在る。
 泥凝土で塗り固めた上に漬物石大の石が乗り、其れを太い針金で何重にも固定してある様は恐ろしく怖ましく、曰くも有る。元来此処い等一帯の土地は戦前から然る大地主の所有で在り、現在の土地区画は其れが細切れの散り散りになって残らず人手に渡ったものであるのだが、何故其んな事に為ってしまったのか。
 事の起こりは今より二十五年前、地主の夢枕に女が立った。女の言う事には、昨今の下水道整備工事で土が掘り返された折、地下水脈に横道が出来てしまい、井戸が枯れて困っているのだという。地主が発として目を覚ますと、部屋の隅に黒々とした、大きな蛇がとぐろを巻いている。驚いた地主は咄嗟に床の間に飾られていた石を抱え、其の蛇を滅多打ちに叩きのめし、蛇は息も絶え絶えに庭へと逃げ、其の侭何処かに消えてしまった。
 然して次の日、滅多打ちで見つかったのは、果たして地主であった。山程の警邏が押し掛けて現場検証をした結果、如何やら地主は運悪く空き巣狙いに鉢合わせしてしまい、口封じのために殺されてしまったのだろうとの事であり、全身の骨と言う骨を念入りに砕かれ、柔らかくなった身体は庭へと引き摺られ、枯井戸の中に放り込まれていた。
 斯う成るともう何処の何方から見ても立派な蛇の祟りという訳であるが、其れより驚いたのは、井戸の位置である。図面で確認すると、奇異なことに嘗て地主の庭に井戸が在ったと思しき場所と、現在の駐車場とでは、大分其の位置が懸け離れている。
 此れは如何したことかと思い調べてみるに、善く善く目を凝らせば井戸と思われたものは井戸ではなく、土管を切り詰めて作られた紛い物である。無論土中に穴も開いてはいないのだが、然れでも祟りは現実に起こり、土管を退かそうとした建設作業員三名と、地上げを生業とする破落戸、紛い物の井戸を拵えた男は何れも立派に変死を遂げた。
 元の井戸も疾うの昔に埋められて終ったと言うのに、形ばかりの井戸が祟るとは此れ如何に。頭を捻るのも無理は無いが、善く善く見れば一目瞭然、実際に見て頂ければご理解頂けるであろう。怖ろしく怖ましい其の様を見れば、祟りは確かに在ると知れるのである。